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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4387号 判決 1964年7月17日

原告 平沢貞通

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

第一、原告の申立

「被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和三八年七月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行宣言。

第二、被告の申立

主文同旨の判決

(当事者の主張)

第一、原告の請求原因

一、原告はいわゆる帝銀事件の被告人として死刑に処する旨の判決の言渡をうけ、現に宮城刑務所に拘置されている。

二、いわゆる帝銀事件とは、原告が(イ)昭和二三年一月二六日午後三時すぎ帝国銀行椎名町支店において一六名の右銀行員にチブスもしくは赤痢の予防薬と称して青酸加里水溶液を飲ませ、一二名を死亡させて現金および小切手を奪い(帝銀椎名町事件)、(ロ)昭和二二年一〇月一四日午後三時ごろ安田銀行荏原支店において厚生技官松井蔚の名刺(いわゆる松井名刺)を示し右銀行員二二名に予防薬なるものを飲ませ(安田荏原事件)、(ハ)昭和二三年一月一九日午後三時すぎ三菱銀行中井支店において右銀行員に予防薬なるものを飲ませようとはかつたが、飲ませることをやめて帰つた、(三菱中井事件)犯人として昭和二三年八月二一日逮捕され、同年一〇月一二日強盗殺人等の罪名で起訴された事件をいうのである。

三、しかしながら右事件の捜査には次のような違法な点があり、右捜査の過程でなされた原告の自白は真実に反し、原告は右各事件の真犯人ではない。

(一) (松井名刺の変造)前記安田荏原事件において犯人が使用し現場に遺留した松井名刺は原告の使用したものとして、右事件有罪判決の物的証拠とされている。しかし右名刺が証拠として裁判所に提出されるまでに右事件の捜査に当つた警察職員または検察官が右名刺の裏面に記載されていた「品川区小山三の一一三(または一一)鈴木八郎方」という文字を消去し「板橋区練馬安田銀現場又は湯」なる文字を書き入れ、その後右文字も消去し、検察官において右名刺は裏面が白紙のものとして裁判所に対し証拠調を請求した。

(二) (護送取調についての不法行為)帝銀椎名町事件の被疑者として原告が逮捕されて以来、自白を強要するため、護送取調に当つた警察職員、検察官によつて不法な強制行為が継続しておこなわれた。例えば原告を護送した際、右護送の任に当つた居木井警部補は原告を毛布でくるみ、また原告が犯人に間違なしと公言したり、係検事、警察官が深夜にわたり取調をしたりした。しかして右強制行為と違法な取調の結果、原告は検察官に対し不本意に、不真実な種々原告にとつて不利益な事項を陳述させられ、それが検事聴取書に記載され任意かつ真実の自白として、前記刑事訴訟において検察官により証拠調の請求がなされた。

(三) (いわゆる自白の虚偽)右有罪判決の証拠とされた原告に対する東京地方検察庁検事の各聴取書(いわゆる自白を記載したもの)中の原告のしたとする供述の内容は次に述べるように客観的真実に反し虚偽なものである。右各検事聴取書記載の原告の各供述中、

1 帝銀椎名町事件の際原告が右椎名町支店近隣の相田小太郎方前を通り同家の表札を見てこれを患者が発生した家に仕立てることとしたとの部分は虚偽である。すなわち、右事件の真犯人は同家附近で共同井戸が使われていることを知つて右相田家に患者が発生すれば伝染病が拡がると警告したことは確実であるが、その共同井戸の存在は同家附近の事情に余程くわしい者でなければこれを知る筈がなく、原告はその事情にくわしくはないので、相田家を患者発生の家と仕立てる筈がないからである。

2 帝銀椎名町事件の際、原告が右相田方附近で停車していた進駐軍ジープを見、その直後同家の門札を見たとの供述部分は時間の関係、右現場の状況からみてあり得ない事実の供述であるから虚偽である。

3 毒物の材料、調合方法に関する部分は客観的に発生した事態(色、臭)を科学的に説明しえない方法を供述するもので虚偽である。

4 毒物の入手経路についての原告の供述は変転してはいるが戦時中または終戦前後の時期に入手したと供述されている。しかし帝銀椎名町事件に際し実際に使用された毒物は昭和二三年一月以後右事件真犯人に入手されたものであり、右の供述記載も虚偽である。

5 原告が三菱中井事件の際、右中井支店に赴く途中井華鉱業下落合寮大谷義次という表札を見たとの部分は右事件真犯人は前日前下見に来ていた事実と相違し、虚偽である。

6 昭和二二年一二月二〇日ごろの右事件の際に、原告が落合信用組合上落合出張所に行つたことに関する供述が全くないのに、右事件の真犯人はその日、その場所に現われていることは確実であるから、このような重要な事項についての原告の供述がないことは前記各聴取書中原告の前記各事件に関する自白全体が虚偽であることを示すものである。

7 右安田荏原事件の際原告が右安田銀行荏原支店に赴く途中渡辺忠吾方の表札を見たとの部分は右事件真犯人自身が実際に発言した内容と矛盾し虚偽である。真犯人の発言には渡辺忠吾方の表札云々は全く現われていないからである。

8 原告が第二回目に右支店を訪れたときは犯行の準備を整えて午前中に着いたが、多くの客が居合せていたので始めてその日が土曜日であつたことに気付き、犯行を取り止めたとの部分は午前中であれば日曜日以外銀行に客が居合せることは当然であり、その供述自体きわめて非常識であつて、虚偽である。

9 原告が各犯行現場ででたらめな進駐軍将校の名前を述べたとの部分は、本件各事件の真犯人が現場で実際に述べた名前の進駐軍将校が実在していた事実と相違し、虚偽である。

10 帝銀椎名町事件の際山口二郎という名の名刺を使用したとの部分は、右事件の際真犯人によつて使用された名刺が右名刺ではなかつた事実に照し虚偽である。

11 原告が帝銀椎名町事件で犯行に用いたスポイトは万年筆用のものであつたとの部分は真犯人の使用した医師用スポイトと相違し、虚偽である。

検察官は右のような存在しない虚偽の自白を内容とする検事聴取書についてその虚偽の事実を知りながら証拠調の請求をした。

(四) (調書の偽造)東京地方検察庁検事出射義夫は昭和二三年一〇月八日、九日同庁検察事務官を伴つて東京拘置所において同所在監中の原告を取調べ、(1) 昭和二三年一〇月八日(第六〇回)、(2) 同月九日(第六一回)、(3) 同日(第六二回)の各検事聴取書を作成したことになつている、しかし右各聴取書作成の日に右検事および右検察事務官が同拘置所において原告を取調べたことも、原告が右の各聴取書に署名、押印したこともない。右の各聴取書は右検事および右検察事務官によつて不正に作成されたものであり、検察官は右の各聴取書についても裁判所に対し証拠調を請求した。

四、東京地方検察庁検事高木一、同出射義夫、これを補助する同庁検察事務官佐々木信雄、国が公訴提起のため日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律にもとずき選任した警察職員(居木井警部補ほか数名)は前述したように違法な捜査を行い、原告の自白が虚偽で、原告がいわゆる帝銀事件の真犯人でないことを知りながら(または重大な過失によりこれを知らず)原告を本件各事件の犯人として公訴を提起追行した。

五、右のような違法な捜査、虚偽の自白に基づく公訴提起、追行(前記各証拠調の請求を含む)によつて原告は帝銀事件の犯人であるとして有罪、死刑の言渡をうけ、右判決は昭和三〇年五月七日確定し、原告は死刑執行のため拘置されている。

六、(一) 以上のとおり原告は犯人でないのに右違法な捜査不当な公訴提起、追行およびその結果なされた右有罪判決によつて原告は拘禁され、死刑執行の恐怖にさらされ家庭は壊滅、離散する等精神的肉体的苦痛ははかりしることはできない。

(二) また原告は右各個の違法行為及びそれらを含む一連の不法行為により前記有罪判決の結果とは別に直接名誉、身体を侵害され、その苦痛は大きい。

(三) 以上の損害は仮に金銭に評価して逮捕以来一日一、〇〇〇円と計算しても六〇〇万円を下らない。

七、よつて原告は被告に対し右損害の内金一〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三八年七月一一日から年五分の割合による損害金の支払を求める。第二、被告の答弁および抗弁

一、請求原因事実第一、第二項は認める。

二、請求原因事実第三項中

(一)は否認する。警察職員または検察官が原告主張のいわゆる松井名刺を変造したことはない。

(二)は否認する。原告に対する取調に当つて警察職員または検察官が違法な強制を加えたことはない。

(三)について原告主張の聴取書にその主張のような供述の記載があることは認めるがその余は否認する。

(四)について原告主張の聴取書が存在することは認めるがその余は否認する。

三、請求原因事実第四項は否認する。

四、請求原因事実第五項中原告がその主張の日時死刑の言渡をうけ、右判決が確定し、原告が拘置されていることは認める。

五、請求原因事実第六、第七項は争う。

六、原告の主張のうち、被告の間接的加害行為(捜査官が裁判所をして無実の原告に有罪の判決等をするように仕向けた行為)の主張は主張自体失当である。すなわち有罪、無罪は刑事訴訟手続によつて判断されるべきであつて、その目的、審理の建前等を異にしている民事訴訟手続で認定することはできない。もとより刑事判決の既判力は民事訴訟手続におよばないが有罪無罪について刑事判決が確定した内容自体についてはそれが民事訴訟手続における判断の前提となる場合においてこれを侵すことができない。

七、仮に右間接的加害行為による損害賠償請求権が成立したとしても時効によつて消滅しており、原告は本訴において右の時効を援用する。すなわち右の原告主張事実は仮にそれがあつたものとすれば、その全部または大部分が帝銀事件の刑事第一審公判中または右判決のあつたころまでに原告が認識し得たものである。すなわち原告は、原告が仮に無実とすればその事実およびその無実に反し起訴、勾留されたという事実を知つていたしまた(1) 原告主張の検事聴取書の偽造、行使については、右公判において同各聴取書について証拠調がなされた事実に照して(2) いわゆる松井名刺変造については右公判において同名刺について証拠調を受け、その際その裏面に消ゴムによる消あとのような生地の荒れた部分があることが問題となつたこと等に照し(3) 原告主張の検事聴取書記載中、その主張の供述の虚偽については原告主張の根拠となる資料はいずれも右公判当時のものであることに照らして、原告はいずれも右公判中または右判決のあつたころまでにこれ等の事実を知つていたものと認められる。そしてこれによる損害については、原告は有罪判決確定と同時にこれを確知したものであるから、原告はその主張の不法行為事実を有罪判決が確定した昭和三〇年五月七日の時点において了知したものということができる。そうだとすれば右請求権は翌八日から起算して三ケ年を経過した昭和三三年五月七日をもつて時効完成により消滅したというべきである。

なお仮に原告が右時点までにその主張の不法行為事実の一部を知らなかつたとしても、原告が右時点においてその大部分を了知していたことが明らかであり、右請求権が右昭和三三年五月七日時効完成により消滅したことに変りはない。ことに後記検事聴取書偽造の事実は原告の右不法行為認識の成立上根幹的重要性をもつており、原告が右聴取書作成行使の事実を知つたのは右公判中である。

八、また原告主張のうち直接的加害行為(捜査官が護送、取調中に原告の心身に対して直接加えた加害行為)による損害は直ちに個々的に発生し、かつ被害者たる原告は直ちにその事実を知つたわけであるから、その損害、賠償請求権の短期時効はその行為直後からその進行を開始し、従つて本訴提起の時にはすでに時効完成により消滅しており、原告は本訴において右時効を援用する。

第三、原告の主張に対する被告の反論

一、原告は本訴において有罪、無罪という刑事責任の存否を争うわけではない。従つて被告の「原告の主張自体失当」という主張は理由がない。

二、仮に本訴が実質的に刑事判決の効果を争うものだとしても刑事判決の既判力は民事訴訟にはおよばず、刑事判決は民事裁判所を拘束しない。

三、被告の消滅時効の完成の主張はこれを争う。本訴請求原因が全体として一個の不法行為を構成する個々の不法行為につき損害および加害者を確定的に知つたときから全体として進行するものであり、いわゆる松井名刺の変造についていまだ加害者を確定的に知つたといえない状態であるから右消滅時効はいまだ進行していない。仮にそうでないとしても松井名刺変造の事実を原告は昭和三八年一〇月下旬に至つてはじめて知つたものであるから、右消滅時効進行の始期は昭和三八年一〇月下旬であつて右消滅時効はいまだ完成していない。また個々の不法行為請求権についても、原告が受けた損害および加害者を知つたのは昭和三九年二月一九日(再審裁判所へ第二回補充申立書提出日)であるから、右消滅時効進行の始期は右の日であつて右消滅時効はいまだ完成していない。

証拠<省略>

理由

第一、(原告がいわゆる帝銀事件の真犯人でないことを前提とする請求についての判断)

一、原告がいわゆる帝銀事件の真犯人でないのに、検察官等の違法な捜査行為および公訴の提起、追行により真犯人であるとの有罪判決をうけそれが確定したためにこうむつたとする損害はいずれも、右有罪判決の直接の効果または同判決における有罪の判定自体によつて生じたものである。したがつてその損害発生の責任を判断するには、右判決における有罪判定自体の当否を判断しなければならない。右判定が正当であれば、その効果または結果として生ずる心身の苦痛は当然にその有罪判決を受けた者においてこれを忍ばなければならないからである。

そこで、まず、確定の有罪判決の当否を民事訴訟手続において争うことが許されるか否かについて判断する。

二、原告は右の損害賠償請求は前記刑事判決に基づく原告の刑事責任の存否を争うものではないと主張する。しかし、原告が帝銀事件の真犯人ではないと主張し、そのことを前提として有罪判決自体に基づく損害の請求をしているのであるから結局は右判決における有罪判定の当否、すなわち同判決に基づく刑事責任の存否をも争うことに帰する。

三、法は民事訴訟手続とは別個に刑事訴訟手続を設け、刑事責任の存否を確定する唯一の手続とし、その目的に適した訴訟構造、証拠法則等を定めており、刑事責任の存在が刑事判決によつて判定され、それが確定した以上、その犯罪事実が被告人の行為によるものでないこと、刑事判決に至る手続の過程において憲法その他法規に違反する官憲の行為があること等を理由として、右刑事判決の正当性を否定するには同じく刑事訴訟手続における再審あるいは非常上告の手段によるの外はなく、民事訴訟手続において右確定された刑事判決の判定自体を覆すことはできない。そうでなければ民事訴訟とは手続の目的、構造を異にする刑事訴訟手続の存在意義が失われまた法律生活の安定と訴訟経済とを害するからである。

四、原告は刑事判決の既判力が民事訴訟におよばないことを前記請求が許される根拠としている。もとより刑事判決は既判力を民事訴訟におよぼすものではなく、たとえば確定の刑事判決において有罪と判定された行為について民事判決においてその行為をその被告人の行為でないとする前提に立つて判断することは妨げない。しかし、その場合でも民事判決で右刑事判決の効果そのものを変更するものではなく、有罪判決による刑事責任を否定することは許されない。本件の場合、原告は刑事判決によつて確定された刑事責任自体を民事訴訟手続で争い、有罪判決の効果および結果自体の不当を主張するものであり、これを既判力とは別個の理由により許さないとするのである。

五、なお民事訴訟手続において偽造文書の行使などして勝訴判決をえ、それによつて他人の権利を失わせることを不法行為として損害賠償請求を認める余地があるとしても、右は同じ民事訴訟手続間の問題であり、既判力の関係で問題を生ずるにしても、前述したような民事訴訟手続と刑事訴訟手続の目的・構造の差異から生ずる問題はなく、本件の場合に右と同一の結論は生じない。

六、また民事訴訟手続において裁判所を欺罔して勝訴判決を得たことが刑事訴訟において詐欺罪に該当するとして刑罰を科される場合がある。右の場合民事訴訟手続において確定した判決の取得自体を刑事訴訟手続において違法とするのであり本件と類似している。しかし民事訴訟手続は元来私的紛争の解決を目的とし、裁判所は当事者間の主張に拘束される。このような民事判決がその当事者間では公権的判断として通用するにしても、国家がその公益的な法秩序維持の見地から民事判決取得行為を違法としてこれに刑罰をもつて臨むことはありうるのである。(民事訴訟にも公益的な性格はあるが、右の公益的な性格というのは前記のような民事訴訟制度を設けることが公益的な見地から有益であるという趣旨である。)これに対し刑事訴訟制度は公共の福祉の維持と個人の人権の保障を目的とし、被告人たる個人の私的利益の保護をも十分考慮してその手続が定められており有罪の刑事判決が確定した以上、その刑事判決自体の当否を民事訴訟手続において私的利益の立場から争う余地はないものというべきである。

七、次に、原告は前記有罪判決がなされるに至るまでの捜査行為、公訴提起および同追行行為を違法または不当なものとして損害発生の原因としているけれども、それ等行為の過程において生じた不法行為自体による損害賠償の請求はしばらく別とし、原告が真犯人でないことを前提として右各行為の違法、不当等を攻撃するかぎりでは結局右攻撃は同行為を基礎とすると前記有罪刑事判決自体の違法または不当を主張するための、その判決の当否に関する争いの一内容となるに過ぎず、民事訴訟手続において判断の許される対象でないことは既述のとおりである。

八、これを要するに、民事訴訟である本件においては、右有罪判決が刑事訴訟法上認められた救済手続によつて、その効力を否定されないかぎり原告が右犯人でないということを前提とし、右刑事判決の効果および結果から生じた事態に基づき前記請求をすることは許されず、原告の同請求は結局失当である。

第二、(原告の個別的不法行為についての判断)

一、原告はその主張の各個の違法行為により名誉、身体を侵害されたとして前記有罪判決の当否を別としての損害の賠償をも求めている。右損害賠償請求の原因たる違法行為は請求原因第三項に列挙された違法行為のうちどれをさすかは原告の主張自体から必ずしも明確ではないが、それ等が個々的にせよ、一体としたものにせよ前記有罪の刑事確定判決との関連において主張されるかぎりにおいては本件の民事訴訟手続においてその主張の当否を判断すべきでないことは前記のとおりであり、しかも、そのうち、松井名刺の変造、虚偽の自白についての証拠調請求、検事聴取書偽造等はいずれも右有罪刑事判決の基礎となつた旨原告が主張するので、同有罪判決の効力を否定することなく別個にそれ等の行為が原告の名誉、身体を侵害する行為とはなりえない。

二、そうとすれば、右以外の原告の護送、取調中になされたとする違法行為のみが刑事判決と関係なく不法行為として成立しうることになる。

三、ところで右護送、取調に関してなされたとする原告主張の各違法行為が現実に行われたものならば、その各個の加害行為ごとに原告は直ちにこれを知り、その加害行為の加害者、損害および右行為が違法であることをも当然に知つたはずであることはその行為自体で明らかである。そうだとすれば右各行為を不法行為と目すべき場合民法第七二四条によつて、消滅時効は右各加害行為のあつたときから直ちに進行するというべきであり、右各加害行為は遅くとも右有罪判決確定前の段階でなされたわけであるから、当事者間に争いのない右確定の日、すなわち昭和三〇年五月七日から本訴の提起までにすでに三年の消滅時効期間が経過していることになる。よつて仮に原告主張の各違法行為が個別的または一体的に不法行為として成立するとしてもそれによる損害賠償請求権は時効完成によつて消滅しているというべく、被告は本訴において右時効を援用しているから、原告の右原因に基く請求は排斥を免れない。

第三、(結論)

よつて原告の本訴請求はいずれも失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 輪湖公寛 竹重誠夫)

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